『クラウド・アトラス』の謎
名古屋からこんにちは。あなたの街の文系男子、トム・ヤムクンです。
みなさん『火の鳥』という漫画はご存知でしょうか?
この『火の鳥』というのは手塚治虫のライフワークとなったシリーズもので、壮大なテーマで綴られるストーリーが人気の伝説的作品です。
ストーリーは各エピソードごとに独立しているのですが、それらの共通点が、火の鳥が登場すること。
火の鳥というのは、「その生き血を飲むと不老長寿になる」とされている架空の鳥で、また「その鳥が死ぬ時には体を燃やし、その日の中からまた新たに雛が誕生して何度でも生まれ変わる」という設定です。
手塚の伝説的作品・火の鳥
『火の鳥』という作品はこの鳥をめぐる物語と一応は言えるのですが、それと関係のないところで様々な人々が生まれ変わったりしながら、それぞれの苦難に挑み、戦い、死んでいくという壮大なストーリーです。
ちなみにそのエピソードのひとつに壬申の乱の時代がモデルとなった「太陽編」というものがあるのですが、これは僕が天武天皇に物語の上ではじめて触れた作品です。
さて僕が最近見た映画で、この『火の鳥』を彷彿とさせる衝撃的な作品がありました。それが『クラウド・アトラス』です。
この『クラウド・アトラス』は『マトリックス』で有名なウォシャウスキー姉妹、そして『ラン・ローラ・ラン』のトム・ティクヴァが監督を務めた作品です。
『火の鳥』の後継作品『クラウド・アトラス』
この作品は非常に複雑な構成でして、公開時に批評家から叩きまくられて炎上したほどです。18世紀、20世前半、20世紀後半など、6つの時代にまたがってそれぞれの独立したエピソードが語られるのですが、その概要を主人公たちの名前とともに以下にまとめています.
・アダム・ユーイング
奴隷貿易に携わる青年で19世紀の人間。奴隷貿易に関する契約を終えた帰りの船で脱走奴隷に付きまとわれ、彼との交流を深めていく。
・ロバート・フロビシャー
20世紀初頭の作曲家の卵。大作曲家ビビアンの採譜係として雇われるが、自分の作品『クラウド・アトラス六重奏』をビビアンに奪われそうになる。
・ルイサ・レイ
1970年代の記者。原発をめぐるスキャンダルを追う中で、そのスキャンダルの黒幕に命を狙われる。
・ティモシー・カベンディッシュ
2012年の編集者。ある事件で命を狙われ、身を隠すため兄に泣きつくが兄は彼を憎んでおり、入居者を虐待する老人ホームに入れられ、軟禁状態になる。
・ソンミ451
22世紀の韓国のクローン人間。他のクローン達と同じく奴隷として酷使されていたが、仲間の一人が純血種(奴隷ではない市民権を持った普通の人間)に反抗し殺された事件をきっかけに、革命家ヘジュ・チャンと出会い、彼と行動を共にするようになる。
・ザックリー
24世紀、文明が崩壊した後のある島に住んでいる男。彼は対立するコナ族に仲間が殺されるのを見殺しにしてしまったことを悔やみながら生きている。また彼らの宗教はソンミ451を神として崇めるものである。そこへ”昔の人”(高度な文明を築いていた、文明崩壊前の人類)の進んだ文明を受け継ぐ部族の一人、メロニムがやってきて、彼の日常は変わってゆく。
この作品ではこの6人の主人公たちの物語が入れ替わり立ち代わり語られることになります。特に字幕などでいちいち「これはどの話です」などと説明はされないのですが、けっこう、「今どの話をしているのか」というのは分かりやすくなっています。
僕はこの作品が、「生まれ変わり」、そして「終わらない人類の戦いを」描いた物語として、『火の鳥』の後継作品にふさわしいと勝手に認定しています。
「生まれ変わり」の物語
さて、複数のエピソードにまたがって同じ役者が別々の人物を演じていくため、この作品をご覧になった方は「登場人物が生まれ変わっている」という解釈を持つ可能性が高いのではないでしょうか。
生まれ変わりはこの作品の大きなテーマの一つなのですが、その中で最も注目したいのは、アダム・ユーイングのエピソードで、主人公ユーイングとその妻は「ソンミ451」のエピソードでのヘジュ・チャンとソンミを演じたのと同じ俳優たち演じているということです。
アダム・ユーイングの話は時間軸ではこのエピソードが最初です。
ユーイングの物語は航海日記となってフロビシャーのエピソードに登場し、彼の恋人であったシックススミスはルイサ・レイの物語に登場して重要な役割を果たします。そしてルイサ・レイの事件は、彼女の部屋に入り浸っていた少年が大人になって書いたノンフィクションとして、カベンディッシュの物語に登場します。
さらにカベンディッシュのエピソードが映画化されたという設定で、ソンミ451がこっそり見る純血種の映画として登場します。ザックリーのエピソードではソンミ451が「ソンミ様」(神)として崇められている――というように、前の時代を描いたエピソードが後の時代のエピソードに影響を与えているのです。
アダム・ユーイングの物語に影響を与えているものは?
これらの作品のなかで、時間軸上、一番最初に位置するアダム・ユーイングのエピソードは、一見、すべてのスタートであり、それは何からも影響を受けていないものであるかのように受け取ることもできます。
しかし、僕はこのエピソードが、ソンミ451のエピソードの影響を受けているのではないかと考えています。その理由はアダム・ユーイングのエピソードの最後のパートにあります。
ユーイングの物語には、ソンミが影響を与えている
奴隷解放運動を手伝うと宣言したユーイングに対し、その妻の父(彼はコテコテの奴隷制度擁護派)が、「どんなにあがいても奴隷制度はなくならない」云々――という話をしたとき、ユーイングについていこうとしているユーイングの妻の脳裏に、ソンミ451の記憶と思われる映像が浮かぶのです(僕にはそう見えます)。
これはソンミ451がユーイングの妻として生まれ変わり、ヘジュ・チャンの生まれ変わりであるユーイングと結ばれるとともに、その前世の記憶によって奴隷解放運動に身を投じるという解釈ができます。
すなわち、生まれ変わると言っても「後の時代に生まれ変わる」とは限らず、「前の時代に生まれ変わる」ということもこの作品内ではありえるのではないでしょうか。
そして、この説を採用するならば、
というように直線状の影響関係にあった各エピソードどうしが、
このように全てのエピソードが円環状にループして互いに影響を与え合っているということになり(ザックリーのエピソードが円の中にないのは、主人公がすべての物語の語り手であるからではないでしょうか)、非常に壮大な構成であるという解釈ができるのです。
タイムトラベルものが好きな僕にとってはなかなかしびれる構造です。
※ちなみにファイナルファンタジーⅧに関する都市伝説「リノアル説」についても同様の解釈ができるのですが、この件についてはまたまた別の機会にお話ししたいと思います。
映画サイトなどの評価は辛いものの、火の鳥の後継作品として壮大で非常に印象深い映画に仕上がっている『クラウド・アトラス』。みなさんもぜひ、 DVD や映画サイトなどで観てみてください。
トム・ハン――トム・ヤムクンでした!